「ALPS処理水」海洋放出に関する談話
2021年4月30日
宮城県保険医協会 副理事長
公害環境対策部長 杉目博厚
2021年4月13日、日本政府は東京電力福島第一原発敷地内で保管されているALPS処理水の海洋放出処分を決定し、2年後をめどに準備を進めると発表した。
同日経済産業省は、ALPS処理水の定義を次のように変更している。
「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」のみを「ALPS処理水」と呼称する。
この一連の発表により、以前からではあるがALPSでは除去できない「トリチウム」だけが議論となり、トリチウムの安全性を示す様々なデータや研究結果をマスコミも取り上げる様相を呈してきた。「基準の40分の1に希釈して放出」とし安全である、各国の原発でも通常に放出しているなどの理由を掲げているが、東京電力福島第一原発では事故前のトリチウム海洋放出量は年間1.5~2.5兆㏃であったのに対し、今回海洋放出時は、政府によると最大年間22兆㏃であり、約10倍のトリチウムを30年以上にわたり放出することとなる。トリチウム自体に関しても、トリチウム水(HTO)の一部が有機結合型トリチウム(OBT)にもなることによる影響は考慮されていない。
そして、この発表による大きな問題点は「トリチウム以外の核種について…」の文言にもあるように、実際にはALPSでは完全に除去されない核種があるということである。ALPSにより排出基準以下への除去と対象となるのは62の放射性核種がある。それらの核種の半減期はまちまちで数時間のものからヨウ素129などは1570万年である。さらに核種によってその危険性は大きく異なり詳細な情報開示が必要である。
一概に規制基準を満たすと条件付けたとしても、その基準値の設定根拠や核種の危険度、放出量など様々な角度からの慎重な検証、更には見直しも必要である。
東京電力は2018年9月に、数十万㎥のALPS処理済み貯蔵水に排出基準より高い濃度の危険な放射性物質が含まれていたことを認めた。ストロンチウム90濃度は規制値の100倍以上である。これらの処理済みの汚染水が今後更にALPSで二次処理されることになる。
ここで問題視されることの一つは、このような事実を2018年まで公表しないでいた東京電力の隠蔽体質である。このような企業を信頼し今後の汚染水処理を任せるということに大きな不安と疑念を持つのは当然である。
加えて2020年9月に炭素14が汚染水に含まれていることを発表した。この炭素14はALPSにおける62の除去核種に含まれていない。すなわち、正確にはトリチウムと炭素14がALPSでは除去できないのである。炭素14の半減期は5730年でありその影響は決して無視できるものではないと考える。しかも、このような事実は多くの国民には知らされていない。
コロナ禍の中、国民への説明や国際会議などの十分な検討機会ができない中において、言い換えればこのような状況を利用して一方的、かつ唐突に閣僚会議で海洋放出を決定したと言わざるを得ない。
2020年6月には、国連特別報告者は日本政府に対し「福島第一原発の原子炉から出る放射性廃液の海洋投棄に関するいかなる決定も、新型コロナウイルス感染症の危機が過ぎ、適切な国際協議ができるようになるまで遅らせるよう」促している。しかし、日本政府は外務省から「ALPS処理水は汚染水ではない」と主張し、これを事実上無視した。このような点からも今後我々が主張を展開する際には、政府に言葉尻をとらえられ、論点をすり替えられないようにすることは非常に重要である。
最後に、「海洋放出以外にこの汚染水問題を解決するすべはない」と首相は会見で述べていた。しかし、2020年のALPS小委員会報告では放出時期を遅らせる議論がなされている(第16回委員会)。年間22兆㏃放出することを前提とした場合、2020年から放出した場合は33年間、2025年から開始すると29年間かかるのに対し、2035年まで延期し放出を開始すると21年で終了するというものだ。これはトリチウムの半減期が12.3年ということに起因する。同委員会は福島第一原発敷地内または原発敷地外での継続的貯蔵の選択肢も、法的な規制要件や汚染水移送のための検討も行った上で提示している。
しかし、この選択肢や議論は国民には全く知らされないままであった。政府はこの海洋放出による「風評被害」に対する対策を強化する方針であるが、一番の強化策は情報を正確かつ迅速に行い、透明性のあるものにすることと、日本国内および国際社会の中で充分な協議と理解を得ることである。そして、理解が得られない場合は速やかに方針転換を行い、ALPS小委員会が選択肢に挙げている継続的貯蔵に切り替えることである。
「風評被害」ではなく「実害」になる可能性が現在から未来において多少なりともあるとすれば、命と健康を守る立場にある我々医師・歯科医師は、断固としてこの「ALPS処理水」海洋放出を容認することはできない。
以上
宮城県保険医協会 副理事長
公害環境対策部長 杉目博厚
同日経済産業省は、ALPS処理水の定義を次のように変更している。
「トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水」のみを「ALPS処理水」と呼称する。
この一連の発表により、以前からではあるがALPSでは除去できない「トリチウム」だけが議論となり、トリチウムの安全性を示す様々なデータや研究結果をマスコミも取り上げる様相を呈してきた。「基準の40分の1に希釈して放出」とし安全である、各国の原発でも通常に放出しているなどの理由を掲げているが、東京電力福島第一原発では事故前のトリチウム海洋放出量は年間1.5~2.5兆㏃であったのに対し、今回海洋放出時は、政府によると最大年間22兆㏃であり、約10倍のトリチウムを30年以上にわたり放出することとなる。トリチウム自体に関しても、トリチウム水(HTO)の一部が有機結合型トリチウム(OBT)にもなることによる影響は考慮されていない。
そして、この発表による大きな問題点は「トリチウム以外の核種について…」の文言にもあるように、実際にはALPSでは完全に除去されない核種があるということである。ALPSにより排出基準以下への除去と対象となるのは62の放射性核種がある。それらの核種の半減期はまちまちで数時間のものからヨウ素129などは1570万年である。さらに核種によってその危険性は大きく異なり詳細な情報開示が必要である。
一概に規制基準を満たすと条件付けたとしても、その基準値の設定根拠や核種の危険度、放出量など様々な角度からの慎重な検証、更には見直しも必要である。
東京電力は2018年9月に、数十万㎥のALPS処理済み貯蔵水に排出基準より高い濃度の危険な放射性物質が含まれていたことを認めた。ストロンチウム90濃度は規制値の100倍以上である。これらの処理済みの汚染水が今後更にALPSで二次処理されることになる。
ここで問題視されることの一つは、このような事実を2018年まで公表しないでいた東京電力の隠蔽体質である。このような企業を信頼し今後の汚染水処理を任せるということに大きな不安と疑念を持つのは当然である。
加えて2020年9月に炭素14が汚染水に含まれていることを発表した。この炭素14はALPSにおける62の除去核種に含まれていない。すなわち、正確にはトリチウムと炭素14がALPSでは除去できないのである。炭素14の半減期は5730年でありその影響は決して無視できるものではないと考える。しかも、このような事実は多くの国民には知らされていない。
コロナ禍の中、国民への説明や国際会議などの十分な検討機会ができない中において、言い換えればこのような状況を利用して一方的、かつ唐突に閣僚会議で海洋放出を決定したと言わざるを得ない。
2020年6月には、国連特別報告者は日本政府に対し「福島第一原発の原子炉から出る放射性廃液の海洋投棄に関するいかなる決定も、新型コロナウイルス感染症の危機が過ぎ、適切な国際協議ができるようになるまで遅らせるよう」促している。しかし、日本政府は外務省から「ALPS処理水は汚染水ではない」と主張し、これを事実上無視した。このような点からも今後我々が主張を展開する際には、政府に言葉尻をとらえられ、論点をすり替えられないようにすることは非常に重要である。
最後に、「海洋放出以外にこの汚染水問題を解決するすべはない」と首相は会見で述べていた。しかし、2020年のALPS小委員会報告では放出時期を遅らせる議論がなされている(第16回委員会)。年間22兆㏃放出することを前提とした場合、2020年から放出した場合は33年間、2025年から開始すると29年間かかるのに対し、2035年まで延期し放出を開始すると21年で終了するというものだ。これはトリチウムの半減期が12.3年ということに起因する。同委員会は福島第一原発敷地内または原発敷地外での継続的貯蔵の選択肢も、法的な規制要件や汚染水移送のための検討も行った上で提示している。
しかし、この選択肢や議論は国民には全く知らされないままであった。政府はこの海洋放出による「風評被害」に対する対策を強化する方針であるが、一番の強化策は情報を正確かつ迅速に行い、透明性のあるものにすることと、日本国内および国際社会の中で充分な協議と理解を得ることである。そして、理解が得られない場合は速やかに方針転換を行い、ALPS小委員会が選択肢に挙げている継続的貯蔵に切り替えることである。