シリーズ「女川原発廃炉への道」No,9


シリーズ「女川原発廃炉への道」

福島第一原発の宙に浮く処理水と風評の深層を考える

副理事長 村田 幸生

 昨年12月に発表された風評被害の調査結果では、仮に処理水を安全性に問題がない状態で海洋放出した場合、福島県産海産物の購入を控えると回答した人の割合が、現状の2割から3割に増えるという結果が出た。
 東京電力福島第一原発で増え続け、地上タンクに保管中の放射性物質トリチウムを含んだ処理水が処分された場合、今、政府には何が求められるのか。コロナ禍で処理水への関心が高まっていない実情ではあるが、安全な物を食べたいという心理から現地の産品が安全でも別の産地の物を選んで買うようになり、経済被害が生じる。処理水の場合は、その状態や処分までの過程が十分に知られていないから、多くの人が不安を感じる。消費者の志向に合わせ、流通業者も積極的に仕入れる意義がなくなり、流通が滞ることによる経済被害が出る。こうした問題の解決が見込めない状態で処理水の処分が始まれば、被害が大きくなるのは明らかだ。これまで消費地での対面販売や説明会、広告などできる限りの方策を、政府はほぼ実行してきた。しかし、これらの予算を増やし、量を増大させることはできても、決定的な対策はない。仮に処分が始まれば、現状に上乗せされる形で風評被害が起こり得る。社会に与える最初の衝撃をいかに抑えられるかが大切だ。処分開始までの時間が経過するほど衝撃は小さくなると考えられ、時間をかけることが最大の風評対策になるであろう。
 東日本大震災から10年が経とうとしているが、福島県沖で全ての魚種が漁獲できるようになり、県漁連が本格操業の再開に向けた検討を進めている。とはいえ、県の漁業関係者や流通関係者は、東京など首都圏の消費地の販路回復を目指している状況であり、漁業再生はまだ緒に就いた段階といえる。今の時期に、海洋放出が決まれば漁業への投資や後継者の問題に深刻な影響を及ぼす。政府が今、海洋放出の是非を議論することには甚だ疑問を感じる。2022年夏にもタンク容量が満杯になると東電は試算しているが、政府は東電、漁業関係者、地域住民の間で調整すべき役割であり、東電の立場に立つようでは復興を進めることにはならない。廃炉の進展と、漁業を含めた浜通りの被災地の復興はそれぞれ重要な課題だが、どちらの優先順位が高いと見ているのか。経済被害の程度と、タンク増設のコストをてんびんにかけることになる。処理水の処分を優先させるがために、経済被害を生み出してしまい、被災地の第一次産業に壊滅的なダメージを与えてしまうことは、とうてい理にかなわないだろう。今はまだ県民の間、県の内外、農林漁業者と政府、東電。それぞれの関係性の中で、処理水に対する当事者意識や知識、関心などに隔たりがあるのが現状だ。「福島の海で漁業を続けたい」「放出以外の道は本当にないのか」「地元の疑問に十分に答えてほしい」。被災地から上がる切実な声に、政府と東電は答えているのか。「新たな風評」を防ぐための合意形成や手だては、まだ見えていない。

 

本稿は宮城保険医新聞2020年9月25日(1729)号に掲載しました。

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